日本で初めて高速道路が作られたのは、現在の首都高速道路の一部「土橋―城辺橋(現在の西銀座JCT付近)」の約1キロ区間です。開通は1959年6月で、その6年後の1965年7月には名神高速道路が全線開通しました。
高速道路網は日本経済とともに発展し、物流業界にとって無くてはならない道路となっていきました。
しかし一方、当時国営であった道路公団の借金は約40兆円にも上り「赤字を垂れ流す悪の巣窟」と、糾弾されてもいました。そして2005年(平成17年)10月1日、構造改革の名の下に道路公団の民営化がおこなわれました。
道路公団の民営化がおこなわれて20年弱。民営化によって道路公団がどのように変わったのかを見ていきましょう。
もともとは道路四公団
もともと、高速道路の建設・管理を行っていたのは『道路関係四公団』と呼ばれる特殊法人でした。
四公団と呼ばれるだけあり、4つの公団がありました。
- 【道路関係四公団】
- ・日本道路公団
- ・首都高速道路公団
- ・阪神高速道路公団
- ・本州四国連絡橋公団
6つの株式会社と1つの独立行政法人へ
2005年10月の民営化によって、道路関係四公団は6つの株式会社と1つの独立行政法人になりました。
- 【民営化後】
- ・東日本高速道路(株)
- ・中日本高速道路(株)
- ・西日本高速道路(株)
- ・首都高速道路(株)
- ・阪神高速道路(株)
- ・本州四国連絡高速道路(株)
- ・独立行政法人 日本高速道路保有・再建返済機構
日本道路公団は東日本・中日本・西日本の3つのエリアに分割され、各地方道路公団はそのまま株式会社となりました。
民営化の目的
これら6つの株式会社と1つの独立行政法人の立ち上げには、3つの目的が掲げられました。
- 【民営化の目的】
- 1、道路関係四公団合わせて約40兆円に上る有利子債務を確実に返済
- 2、真に必要な道路を、会社の自主性を尊重しつつ早期にできるだけ少ない国民負担で建設
- 3、民間ノウハウ発揮により、多様で弾力的な料金設定や多様なサービスを提供
民営化の結果
日本道路公団を民営化した結果、どのように変わっていったのでしょうか。
目的その①借金返済
約40兆円もあった借金は、令和4年度の期末(令和5年3月31日)時点で26兆円となりました。
20年弱の時間をかけて、約14兆円の返済、約35%の返済が終わっている状態です。
さらによくよく見ますと、令和4年の期首時点で借金が28 兆2,714 億円だったのに対して期末には26 兆1,267億円となっていますので、1年間で2兆1,447億円返済しているということは、単純計算ではあと12年ほどで完済出来てしまうのかと、単純に考えるとそんな風にも思えてしまいます。
目的その②必要な道路をスピーディに軽負担で建設
二つ目の目的は、『真に必要な道路を、会社の自主性を尊重しつつ早期にできるだけ少ない国民負担で建設』です。
簡単にいうと、必要な道路を建設・開通し、工期を短縮することでコスト削減をするという事ですが「どこまで高速道路を広げるんだろう」ってぐらい、現在も高速道路の建設は続いております。
北関東道や圏央道が開通し外環道が繋がるなど、様々な高速道路が開通し他の道路と繋がる事で、渋滞が緩和され利用量が増加し、建設費を上回る収益を上げることに成功しています。
目的その③柔軟な手法で様々なサービスを
三つ目の目的『民間ノウハウ発揮により、多様で弾力的な料金設定や多様なサービスを提供』を実現するため、様々な施策がとられました。
- ◎代表的な各種割引やサービス
- ・ETC割引:マイレージサービスや時間帯割引、大口多頻度割引
- ・キャンペーンパス:フリーパス券や宿泊施設とのタイアップパスなど
- ・サービスエリア、パーキングエリアの充実
特にサービスエリア、パーキングエリアへの施策は非常に効果がでており、様々な店舗を誘致したりドックランや宿泊施設などを設けるなどした結果、サービスエリア、パーキングエリアを目的とするドライブも増えております。
NEXCO東日本の決算を見ても、高速道路事業では赤字ですが、サービスエリア、パーキングエリア事業では黒字となっています。
まとめ
道路公団民営化から20年弱。改めて振り返ってみると、その効果は十分に出ており、目的もしっかり果たされているといえるのではないでしょうか。そして三つの目的が相乗効果を出しているということもよくわかります。
高速料金の無料化はまだまだ先の話ですが、さまざまなサービスのためには仕方がない部分もありますので、ひとつ心を広くもち、安全運転でまいりましょう。
車両に関わる経費削減にはETCカードやガソリンカードの利用が欠かせませんので、便利な高速道路をさらに便利に利用するためにも、ぜひ無料試算をお試しください。